ここでは、趣向を変えて「FC版のWizardry」における“世界観”を改めて補足しておきたい。現在ではネット情報単体では当たることが非常に難しく、あたかも忘れ去られたかのようになってしまっているが、FCユーザーがWizardryの世界に何を見て何を求めていたかを再認識することは、GB外伝シリーズごろまで根底に流れていたはずの「日本のWizardry」のベースとなるエッセンスに触れるのと同義といっても言い過ぎではないためだ。
今日的には、ネット検索にかからない情報は排斥されてしまうような本末転倒なあり方に傾倒しつつある中で、貴重な記録を掘り起こし、その魅力を再確認する意味でも あえて文献中の記述を引用する形で以下に抜き書きしておきたい。
(あくまで記載省略を絡めた要所抜粋であるため、各全文については下記の引用元文献(+CDドラマ『ハースニール異聞』ライナーノーツ)それぞれの原文にあたることを強く推奨する)
※出典:JICC出版局『ウィザードリィのすべて』
及び『ウィザードリィIIIのすべて』(ベニー松山 著)
※なお、上記文献は日本のゲーム攻略本の記事のあり方を変えるほど確信的な作りがなされていたため、その意味でも時代のエポックとして実物に触れることを奨めたい。
ウィザードリィの舞台となったトレボー城塞、そしてリルガミン王国が存在するこの世界は、かつては強大な魔法文明を築いていた。そこでは神話の時代より受け継がれた多くの遺産(※1)が人々の元にあり、それ故に長い平和が広大な大陸と周囲の島々に続いていた。魔法はあらゆる方面から研究され、その技術は様々な分野へと応用されるに至った。遥かな東方からの移民も活発に行われ、異文化の交流は文明をさらなる高みへと発展させていった。
だが、止まるところを知らぬ魔道の進歩は、皮肉にも大いなる厄災を引き起こす結果となった。強大な魔法の多用によって別の次元空間———魔界との距離が急速に縮まっていったのである。
太古の昔 神々に敗れ、異界に封じられていた魔神(※2)の出現。魔神の生み出した暴風雨は数百日に及び、都市のほとんどは壊滅した。魔神は撃退されたが、その引き換えに世界中の魔導師らの大半が命を落とした。かくして絶頂にあった魔法文明は、その技術とともに失われていったのである。
それから千年余り、残された人々は種族の壁を乗り越えて復興に励んだ。現在ではある程度の魔法の法則は完全に解明され、また魔法を利用しない建築技術等も発達しつつある。古代の超魔法技術はいまだに復活されていないが、仮にそれが可能であるにせよ、実用に至るのは遠い未来のことになると思われる。
※1 神々が地上に君臨していた神代には、人知を超えた秘力を有する神器が多数造られていた。そのほとんどは永遠に近い歳月の間に破壊され、あるいは人の手の届かぬ地へと失われていったが、稀にこの貴重な遺産を見ることができる。有史以来あらゆる外敵からリルガミン市を護り続けたニルダの杖や、全ての真理を映し出す神秘の宝珠はその代表であろう。古代の品ではないが、ワードナの魔除けもこれらの遺産を原型として造られた準神器であるらしい。
※2 現在までのところ この異界の神はマイルフィックであるとの説が強い。
現在この世界には、都市を中心に発達した幾つもの王国が点在している。特に都市国家の形態が多く、人口の密度は極めて高い。それだけに大都市では交易が盛んで、各都市間にはある程度整備された街道が続いている。
人の五種族である人間、エルフ、ドワーフ、ノームそしてホビットは、古代にあってはあまりの寿命差のために交わって生活することはなかったが、現在ではどの生活圏でもそれぞれの種族が共存しているのを見ることができる。これは世代とともに寿命の差が縮まっていったのと、文明の復興期に種族間の協力がなされたのが主な要因であろう。
言語はほぼ大陸全土にわたって人間語、つまり共通語が通用する。
ウィザードリィの世界での人々の生活の場は様々であるが、中でも最大の規模と人口を有しているのがトレボー城塞やリルガミン市に代表される城塞都市である。城壁に囲まれた敷地内にひしめく構造物とそこを行き交う人々の姿は、大都市ならではの活気に満ち溢れている。
近隣諸国の王家にとってはまさに最悪の厄災といわれる狂君主トレボーが治めている、世界でも最大級の規模を誇る城塞都市である。直径約2.5キロメートルの、ほぼ円形の敷地はぐるりと堅固な城壁に囲まれており、その中央には地上高100メートル余りの天守閣(キングズタワー)を抱えるトレボー王の居城が、さらに高く堅牢な第2の城壁によって守られている。
今でこそ列国最強とうたわれる軍隊を擁する大国の中心地になっているものの、城塞都市自体の歴史は比較的新しい。初めはトレボー王家の領土内の一都市に過ぎなかったこの町の中心に王城が移されたのが約一世紀ほど前で、それに合わせて区画整理がなされ、周囲8キロメートルにも及ぶ外壁が完成したのは半世紀に満たぬ昔である。そしてそれ以後、現在のトレボー王の代になって領土は相次ぐ戦争によって大幅に拡大され、大量に流れ込んできた領民のおかげで都市は急速に発展を遂げたのである。
構造上の特徴としては王城を中心に東西南北へと放射状に延びる街路が挙げられる。
自然この四本のメインストリートは様々な商店や酒場、旅人目当ての宿が立ち並ぶようになり、特にギルガメッショの酒場やボルタック商店のある南大路は道の両端に露天商が陣取る一種の市場として、最も活気あふれる通りとなっているようである。
南大門の外側には一辺を城壁に預ける形で訓練場があり、そのすぐそばにワードナの迷宮への入り口がある。入り口付近には常時見張りの一隊が置かれており、地下1階のオークなどが地上に出てくるのを防いでいる。また、ここには強力な魔力感知の結界が施されており、魔除けが地表に近づけばすぐさま衛兵が駆け付けられる準備が整えられている。これは間違っても魔除けが他国の手に渡らないようにするためで、持ち帰った冒険者は否が応でも魔除けを取り上げられることになるのである。
リルガミン王国の首都であるリルガミン市は、数ある城塞都市の中でも最も長い歴史を持っている。旧時代の魔法文明の末期に成立し、文明の終焉の際に破滅をまぬがれた数少ない都市の一つであり、それ以後もあらゆる外敵の侵略を拒んできたのである。
永きにわたって街を守り続けてきたのは、神話の時代に鍛造されたと言われる「ニルダの杖」の力である。守護神ニルダの寺院に安置されたそれはあらゆる攻城兵器や呪文を避ける強大な力場で都市を包み込み、あまつさえわずかでもリルガミンに害意を持つ者の侵入を防ぐ力をも有していた。この杖の力は悪用しようとすると効力を発揮しなくなるという特性を持っていたため、自然リルガミンは無敵ながらも平和を愛する王国となり、その名声を高めていったのである。
しかし遡ること数世代、背信の徒である魔人ダバルプスにより、都市は内部から崩壊した。リルガミンで生まれた悪に対しては杖の力が働かず、闇の軍勢の助力によって王位はダバルプスの手に渡ったのである。生き残った王家姉弟マルグダ王女とアラビク王子はこれを奪い返したものの、ダバルプスの呪いは王城の地下に迷宮を造り上げ、己れの最期にアラビクの命も道連れにした。そしてこれらの出来事は街から守護神の加護をも失わせたのである。
冒険者の活躍によって杖は取り戻され、ニルダ神の恩寵は再びリルガミンに注がれることになるが、以上がリルガミン市の歴史である。
構造の特徴は、まず第一に計画性をもって建造されたために、トレボー城塞など後々都市化した街とは違って極めて整然とした町並であることだろう。旧文明の面影を残す構造物は古代を忍ばせる趣きがあり、旅人や行商人の間では一度は訪れるべき古都との評判が高い。また、街の北側に建てられているニルダ寺院も多くの参拝者を集めてきたが、残念なことに先の地震で倒壊し、現在のところ修復されていない。
地勢的には海と山がすぐそばにあり、王城の南西の広場には山海の珍味など特産品を集めた市が立つ。特にアルビシアの植民島から送られてくる品々を求めて多くの商人がやって来るため、近隣では最大の市場となっているようである。
新たに建て直された王城はあまり尖塔などが目立たないおとなしい造りで、当時唯一の王族の生き残りとして王位にあったマルグダ女王の好みが反映されている。
なお、ル'ケブレスの山は街の北に広がる荒野の中央にある。徒歩で二時間ほどの道のりだが、冒険者には特別に無料の送迎馬車が用意されている。
冒険の仲間を募るならばギルガメッシュへと言われるほど、冒険者のたまり場として名高い酒場である。各地の大都市のほとんどに店があり、24時間休みなしに営業を続けているところが冒険者に好まれているらしい。現在では一般市民はほとんど利用していないが、明日をも知れぬ命のためか羽振のいい冒険者のおかげで経営状態は良好である。
城塞都市内に住居を持たない者がほとんどの冒険者のために造られた、市直営の宿泊施設である。一般の旅人には解放されておらず、訓練場で冒険者登録をした者だけが格安で泊まれるようになっている。そもそもこの宿が設立されたのは、最初は多数流れ込んでくる冒険者にえびす顔であった宿屋から、彼らが毎朝装着する武具のたてる騒音で他の宿泊客とのトラブルが絶えないという苦情が大量に寄せられたからである。
ボルタックという名のドワーフが経営する、各地に独自の流通ルートとチェーン店を持った武具の専門店である。特に冒険者が発見して持ち帰る失われた技術によって製造されたアイテムの売買を一手に扱っており、これによってボルタックは財を成したと言われている。各店には専属契約を結んだ高レベルの司教がおり、アイテムの鑑定や解呪のサービスを行っているが、いずれもアイテム売却価格という法外な値段であり、また今しがた売り払った品はすぐさま倍額となって店頭に並ぶという強欲な商売を行っている。
しかしアフターケアは完全であり、冒険中に刃こぼれした剣や傷んだ鎧などは全て無料で補修してくれる。各種族や個人差に合わせたサイズの調整も行っており、冒険者は少々高くても保証が効くボルタックを利用するようである。
呪法による治療及び蘇生術に重点を置いた宗派の寺院で、実質的には治療院に近い性質を持っている。こと蘇生に関しては高い技能を持った高僧たちが揃っており、並の僧侶が呪文を使うよりは遥かに信頼性が高い。しかしそれだけに寺院への寄付という形で要求される料金は高額であり、また万一蘇生に失敗してその者が灰、あるいは消滅したとしても、納めた寄付金は一切返却されない。
城に帰ってきた際に麻痺・石化を受けている者及び死体は場内の衛兵の手によってここに運び込まれ、それ以上の腐敗が進まぬよう呪文処理が施されたうえで院内に安置される。これらの者が身に着けている貴重なアイテム類を狙う盗人が絶えないため入口の警戒は厳重で、仲間が運び込まれていないと通常は中に入ることは許されない。
怪物との戦闘で麻痺・石化を受けるか命を落としたものが運び込まれる場所であって信仰の対象となるものではないのである。
訓練場はトレボー城、リルガミン市ともに設けられた冒険者のためのトレーニングエリアである。本来は軍属の者のみが利用できる練兵場であったが、冒険者を募るにあたって広く一般に開放され、誰もが各職業の基礎訓練を受けられるようになった。
それまでに冒険者として修業してきた者はともかく、どのクラスにも就いておらずに迷宮の探索を志願する者は、まずはこの訓練場に名前と種族を登録し、能力測定を受けなくてはならない。
また、訓練場の中には8クラス全てのための転職施設も用意されている。これらは一般に『転職の道場』や『転職の館』と呼ばれており、すでに現役を退いた各クラスのマスターが指導役として任についている。彼らは一流のトレーナーであり、転職を希望する者に短期間のうちにそのクラスの極意を授けてくれるのである。この転職のためのトレーニングフィールドは強力な魔法の力場に包まれており、訓練を受けるものの肉体は外の世界とは異なる時間の進行に支配され、わずか一日で5年分の老化を遂げるが、それだけスピーディーに他のクラスに適した筋力や精神力を養うことができる。
この転職場を利用するためだけにトレボー城やリルガミンを訪れる冒険者も少なくないという。
なお、2つの城塞都市での(冒険者をサポートする施設の)名称が同じなのは、ギルガメッシュとボルタックは多国籍のギルドを形成したチェーン店であり、カントは宗教の流派名であるかららしい。
ワードナやル'ケブレスに迷宮のガードとして召喚された怪物の多くは、人の住まない秘境や封印された地の底の世界、そして遥かな東方などから強大な魔力によって連れてこられた者たちである。それらの土地に古代の魔法文明の遺産が受け継がれているのかどうかは定かではないが、そういった怪物の中には製造技術がとうに失われている貴重なアイテムを携えてやってくる者もいる。名匠カシナートの剣や、魔法強化がなされた武具の数々、そして様々な呪文の力を封じ込めたマジックアイテムが、絶え間なく呼び寄せられる怪物たちの手によって迷宮内に続々と流れ込んでいるのである。
なお、怪物間にも財宝の奪い合いがあるらしく、一般的に強大なモンスターほど価値のあるアイテムを持っていることが多い。苦しい戦いの勝利は、装備の面でも冒険者を大きく成長させる可能性を秘めていると言っていいだろう。
難攻不落の巨大城塞都市を中心に、広大な領土と強力な軍備を誇る狂君主トレボー。その飽くなき征服欲によって近隣諸国に恐れられているこの狂王が出した布令はおよそ常軌を逸しており、その噂は領土内ばかりか遥か遠方の国々にまで及んでいた。
“城に近接して建造された地下迷宮に潜む魔導師ワードナを倒し、魔除けを取り戻したものは親衛隊への入隊を認める。報奨5万ゴールド”
ことの起こりは放浪の大魔導師ワードナが、無断でトレボー城塞のそばに巨大な地下迷宮を造り上げたことであった。気性の激しいことで有名なトレボーはすぐさま親衛隊を中心に結成した討伐隊を迷宮に送り込んだのだが、いつの間にかワードナが召喚していた無数の魔物たちに部隊は全滅、そして逆にトレボーが寝室から先祖伝来の魔除けを奪われたのである。この魔除けに備わる力こそトレボーを無敵の狂王たらしめたものであり、諸国統一の野望に燃える彼にとっては絶対に必要な代物である。が、もはやこれ以上親衛隊の精鋭を迷宮で失うわけにもいかない。
そこでこの布令が出されたのである。自分の損失は一切なく、あわよくば魔除けと人材の両方が手に入る妙案であった。
危険は大きかったが、貴族に等しい親衛隊に取り立てられるという魅力に、城塞都市に多数の者たちが各国から集まった。ワードナの迷宮での冒険の始まりである。
トレボーの城塞都市に近接して造り上げられた地下迷宮こそ、悪名高き大魔導師ワードナの支配する地底の魔窟であり、冒険者たちが探索することになる狂王の試練場である。一辺数百メートルにも及ぶ広大な面積を持つ迷路10層から成り立っており、その巨大さと構造の特異性では他に類を見ない迷宮であると言われている。
特筆すべきはワードナの住まう最下層で、ここは独立した七つの洞窟がテレポーターによって接続されている他に、冒険者を地上へとテレポートさせる一種の脱出用転移地帯が随所に設けられており、冒険者にとってはより生き残りやすい状況になっている。どのような意図があるのかは明らかにされていないが、一説にはワードナ自身が冒険者のサバイバルを望んでいるといい、迷宮自体が人の成長を促すために存在しているのだという噂もある。謎に包まれたダンジョンマスター・ワードナにふさわしい、不可思議な地底宮である。
狂君主トレボーから魔除けを盗み出し、こともあろうにその城塞都市に近接した土地に巨大地下迷宮を造り上げて立て籠もった張本人である。魔導師としての才はとてつもなく高く、古代に失われた秘術の数々をも独自の研究によって復活させているようである。迷宮を短期間のうちに築き、狂暴な魔物たちを守衛として使いこなすことができたのも、その天賦の才と古代魔法の力によるものであろう。また魔法の力や薬物を長年にわたって己れの肉体に使用し、魔術師とは思えない強靭な身体と様々な特殊能力を身につけており、高等な魔物のみが有する攻撃をも繰り出してくる。迷宮の支配者の名に恥じぬ凄まじいばかりの戦闘能力である。
しかしながらこれだけの力を持つワードナが、何故この迷宮から脱出せずに最下層の奥で冒険者の到来を待ち続けているのだろうか。またこれまでに数多くの者がワードナを倒しているという噂も流れている。これは推測の域を出ないのだが、実はワードナの肉体はすでに朽ち、残留思念が魔除けに憑いているのではないだろうか。
マイルフィックとは、混乱を巻き起こすものの意がある。その名はまさしくこの悪魔の王にふさわしいものである。遠い古代、神々との争いに敗れて異界へと封じ込められた邪神の一人であり、本来であれば人間が戦えるような生易しい相手ではない。しかし神々の施した封印は今だにその力を残しており、マイルフィックがこちらの次元に完全に実体化することはできない。半ば幻影のような幽体となって姿を現すため能力のほとんどが失われており、直接攻撃による破壊力はないに等しいのである。それでもワードナを除いては唯一ティルトウェイトを唱えてくる最悪の魔物であることに変わりはなく、魔界と直結したその肉体は触れた者の体力を奪う。撃退は困難であろう。
リルガミン王国の首都・リルガミン市は特殊な都市であった。
成立以来いかなる外敵の侵入も許さず、王国の独立を守り続けた神秘の力がリルガミン市にはあったのだ。
ニルダの杖———初代リルガミン王から代々受け継がれたこの杖こそ、その神秘の力の源であった。
遥か太古の神話時代に神々の手によって鍛造された神器のひとつで、人の手に残された数少ない神代の遺産であるこの杖には、その名の通り精霊神ニルダの霊力が宿っていた。そしてその力が、都市の城壁の内側に超魔法の特殊結界を張り巡らせていたのだ。
この魔法障壁の前には、あらゆる攻城兵器・魔法が無意味であった。リルガミンに害意を抱く間諜や暗殺者も、邪心のない者には何ら影響を及ぼさない障壁に妨げられ、都市に足を踏み入れることさえできなかった。ニルダの杖の防護能力は完璧の筈であった。
だが、杖はただひとつの、そして致命的な欠点を有していた。リルガミン市の中に生まれた悪意に対しては、全く無力だったのだ。
その盲点を突くが如くに、闇の魔手はリルガミンを襲った。
魔人ダバルプス———闇の心を持って生まれた悪魔の化身。彼こそが聖都が内包する破滅の種であった。
強力な魔導師に成長したダバルプスと、都市の内側に召喚された魔物たちは、わずか一夜にしてリルガミンの王位を奪い去った。
だが、王家の血筋は絶えてはいなかった。王女マルグダと王子アラビクの幼い姉弟が、闇の軍勢の追撃を躱して落ち延びていたのだ。
数年の後、成長した二人は王都奪還のため魔人に戦いを挑んだ。魔宮と化した王城で死闘は繰り広げられ、伝説の武具に身を固めてダイヤモンドの騎士となった王子の剣が魔人の首を打ち落とした。
しかし、ダバルプスは最後に忌わしい呪いの言葉を発していた。王城は崩壊し、そこに口を開けた呪いの穴がアラビクと武具、そしてニルダの杖をも呑み込んでしまったのである。
かくしてリルガミンから杖の守護は消えうせた。再びニルダの恩寵を得るためには、誰かが怪物のひしめく呪いの穴に挑み、勇気を示さなければならなかった。
そして、新たなるダイヤモンドの騎士の冒険譚が始まった———
邪悪なる僣王ダバルプスの支配からリルガミンを奪還すべく、ダイヤモンドの騎士となったアラビク王子が挑んだ死闘は、彼の聖剣ハースニールがダバルプスの首を切り落として終結した。しかし、闇の申し子たる魔人が今際に絞り出した呪いの言葉は一瞬にして戦いの舞台であった王城を崩壊させ、あとには巨大な迷宮へと続く呪いの穴が残るのみであったと言われる。
アラビク王子と伝説の騎士の装具、そしてリルガミンの守護を司るニルダの杖を飲み込んだこの地下迷宮は、ダバルプスの斃れた現在も強力な呪いによって新たな魔物が続々と召喚されている。全6層にも及ぶ巨大な地底宮には、あの有名なワードナの迷宮以上に凶悪な怪物たちが徘徊しているのである。
そして、守護神ニルダはこの呪いの穴を利用し、リルガミンの民に試練を与えている。もしこの迷宮に散らばる5種類の騎士の装具を全て集めるだけの勇気を示す者があれば、ニルダの杖を再びその手にもたらす、というものである。
しかし、その装具はそれぞれ恐ろしい力を秘めた疑似生命体と化し、近づくものに破滅を与えていると噂されている。半端な覚悟では、足を踏み入れることさえかなわぬ魔窟である。
この世界に実体化できる悪魔としては最大の力を持つ者が、ダバルプスの迷宮最下層のある地点に存在している。アークデーモンやライカ―ガスなどの強大な種族にすら忠誠を誓わせる悪魔族の君主的な存在であり、その能力は魔界というホームグラウンドを離れてすら、古代の秘法を復活させた伝説の大魔導師ワードナと全てにおいて同等か、それ以上であると言う。
ダバルプスの呪力によって召喚された魔物ではあるのだが、かつてリルガミンの王位転覆に力を貸したのはこの悪魔であったとも噂されており、その主亡きあとの迷宮を司る実質的なダンジョンマスターとしてダバルプスの邪悪な意思を引き継いでいるらしい。つまりニルダの杖を取り戻したとしても、この魔王を撃退しない限りリルガミンに真の平和は取り戻せないのである。
迷宮の上層を探索していると、時折奇妙な風体の怪人物を見かけることがある。ノームやホビットと見紛うばかりの矮小な肉体をしているのだが、明らかに人間族であり、ひどく年老いて見えるこの連中を冒険者は皮肉を込めてディンク(Dinky=小さいものからの派生語か?)と呼び、大抵の者はその卑屈な態度に嫌悪感を抱いているようである。もっとも脅威となるような存在ではないだけましではあるが。
一説には、ディンクは自分にかけられた呪いを解くためにニルダの杖を探しているという。しかしどうしても勇気を奮い起こすことができずに、迷宮の上層ばかりを彷徨っているのだ、と。
大魔導師ワードナの迷宮で数多の英雄たちが生み出された時代、ここリルガミン王国は魔人ダバルプスの僣上によって守護神の不興を買い、滅亡を目前にしていた。しかしワードナの迷宮で鍛えられた者たちの活躍によって大いなる神の恩恵“ニルダの杖”は取り戻され、王国は再び平和と繁栄の日々を重ねることとなった。人々は永遠の守護が約束されたと信じて疑わなかった。
そして杖の帰還から数世代の時が過ぎ去った。誰もが考えていた通り、正当な王家の血筋による治世はただ一度の凶事もなく、リルガミン王国は何物にも侵されることのない不滅の都として栄華を極めていた。穏やかな海に浮かぶアルビシアの植民島が、突如巻き起こった津波によって壊滅するまでは———。
海洋の異変を皮切りに、数々の天変地異がリルガミンの周辺を襲い始めた。天空に垂れ込めた黒雲によって太陽は遮られ、気温は日ごとに下がっていく。雷の束は無差別に降り注ぎ、多くの村落を焼き払った。相次ぐ地震で裂けた大地からは忌まわしい瘴気が吹き出し、緑なす平原は不毛の荒野へと姿を変えた。
そして遂に、王国の守護神ニルダとその杖を祭る寺院までが震災によって倒壊した。時ここに至り、人々はようやく平和な夢から目を覚ました。天災が続く中もリルガミンだけは安全だという甘い夢想は、杖の魔力に最も守られているはずのニルダ寺院の倒壊によって無残に、そして完全に打ち砕かれたのである。
史上類を見ない特異な天災の原因を究明するため、リルガミンの賢者たちは様々な方法を試みた。精霊召喚、占星術、呪術……しかしそのいずれも、満足な答えを導くには至らなかった。
そこで賢者たちは、森羅万象の理をも映し出すと伝えられる神秘の宝珠の探索に最後の望みを託した。そしてその力を使い、災害の真の理由を探り出すのである。
リルガミン市にほど近い、険しい岩山の山中に造られた迷宮に宝珠はあるという。この迷宮こそ神話の時代から宝珠を守り続けている巨龍ル'ケブレスの棲拠である。
この魔窟への命を賭した探索行に、英雄たちの子孫をはじめとする多くの者が名乗りを上げた。愛するリルガミンを救うために———。
リルガミン市から目と鼻の先にありながら、古くから禁断の地として立ち入ることの許されなかった聖なる山。今なお噴煙を吐き続けるこの山の内部に、いつの時代に造られたのかも判らぬ迷宮が広がっている。中立の守護者と呼ばれる巨龍ル'ケブレスが棲み、神秘の宝珠を手に入れようとする者の資質を試すべく待ち受けている巨大な試練場である。
全6層にも及ぶこの迷宮は、悪しき闇と善き光の生物両方が存在しており、悪魔と天使までもがしばしば姿を現しては、善と悪の勢力争いを続けている。ル'ケブレスはこれを利用して冒険者に様々な試練を課し、真に価値のある者がその証とともに最上層の自分の前にやってくるのを待っているのである。
目的の宝珠の隠された最上層の探索は、ル'ケブレスにその資格があると認められたものでなければ行うことができない。そのためには、善と悪の者が戒律を越えて協力し合い、困難な関門をくぐり抜けなくてはならないのだ。
神秘の宝珠を手に入れようとする力が常に中立を保つように見守り続けている平衡の守護者が、この巨龍ル'ケブレスである。世界を支える大蛇の5匹の子供の一匹であるといい、与えられている力は星の力、即ち大地の力そのものだともいわれている。
ル'ケブレスは人間など及びもつかない叡智の持ち主であり、人々が天変地異の原因を究明すべく宝珠を探索していることも知っている。しかし同時に善または悪の一方向に宝珠の力が暴走する危険も憂えており、敵ではないものの中立の証を持たぬ者は最上層の入り口で追い返してしまう。大地の力によって守られたル'ケブレスの周囲ではあらゆる呪文が中和され、あらゆる武器も傷を与えられないため、宝珠を求めるものは必ずこの証をもってル'ケブレスに探索の許しをもらわねばならないのである。
ティエンルンは天竜、東方世界では気候を司るとされる龍神の配下にある竜である。ル'ケブレスの要請を受けた東方の竜王が派遣した竜たちであり、ミフネを乗せて天空を駆け、急ぎ迷宮の守護にやってきたと言われている。
動物の表皮をぐるりと裏返し、肉や内臓を剝き出したような姿の生命体ゼノは、地球上で生まれたものでは恐らくないらしい。天変地異の起こる少し前、天空の彼方から迷宮の山の頂上付近に巨大な火球が落ちるのを見た者がおり、どこか別の星から流れてきた宇宙生命体であろうと言われているのである。